家族体験記 ②
F.E
『仲間と歩む』
会員

 私達夫婦は、間もなく結婚38年を迎えます。
 幸せな生活を夢見た38年前、ジューンブライドの結婚式当日は、何と朝から大雨…。まるで、その後の私たちの結婚生活を暗示しているかのようでした。

 

 夫は仕事を一生懸命する人でしたが、仕事と同じ位、お酒も一生懸命飲んでくれました。営業という仕事柄か、帰宅は深夜が多く、子供が生まれても夫の生活が改まる事はありませんでした。誕生日やクリスマスなど、子供がメインの行事にも夫の姿はほとんど見られませんでした。失敗や事故も増えて行きました。

 

 42歳で胃の3分の2を切除してから、更に酒害は進み、8年後にはとうとう久里浜病院に入院。51歳で練馬断酒会に入会する事になりました。入院も断酒会入会も決してスムーズだった訳ではなく、家族はやっとの思いで繋げ、本人は嫌々、渋々、半分ケンカ腰という感じでした。

 

 練馬断酒会に入会した私たち夫婦は、右も左も分からぬまま会に参加。1年目は飲みながらの例会通いでした。2年目位から断酒も軌道に乗り、会の仕事も任されるようになりました。私も家族の皆さんと親しくさせて頂き、練馬のお母さん、お姉さん、妹もできました。

 

 ところが…入会して10年が経った頃、突然、本当に突然、夫は再飲酒してしまったのです。私は頭の中が真っ白になり、「これは現実ではない!」と、繰り返し心の中で叫び、混乱しました。
お酒をやめる会で、それも10年経って飲酒してしまう事への恐ろしい程の罪悪感。落ち込み。絶望感。肩身の狭さ…。本人の再飲酒の陰で家族は悩み、苦しみます。アルコール依存症が「飲む病気」と分かっていても、認めたくない自分がいました。辛い日々は続き、何をどうしたらいいのかも分からなくなっていました。10年、会で学んだ事など、何処かに飛んでいました。「私の10年を返して!」そう思いました。
 でも、そんな気持ちの私を救ってくれたのは、やはり仲間の皆さんだったのです。責める事もなく、夫を釣りに誘って下さったり、会の終了後は車で送って下さったりと、本当に感謝してもしきれない程でした。
 また、練馬の家族のみならず、会を超えて、家族という横のつながりも、私を絶望の淵から救ってくれました。いつも温かい言葉で包んで頂き、今も希望を頂いています。

 

 私は、白菊婦人会という家族の会に参加しています。ここで「断酒会は、お酒をやめている人だけの会ではないですよね….」という言葉に出会い、とても救われた気持ちになりました。断酒が直ぐに上手くいかなくても、失敗しても「お酒を何とかやめたい…」と思っている人が、通い続けられる会であって欲しいなぁ…と思います。そして、人との出会いの中から、断酒の道筋が出来て行ったら嬉しいです。簡単ではないのかもしれませんが…。
 悩みながら、つまづきながら、それでも会を離れずに通い続けている家族は、今もたくさんいます。ご主人のためというより、自分自身のために通っていらっしゃる方も多くいらっしゃいます。これからも、私たち夫婦は、温かさと、時には厳しさもあるこの断酒会で、生きて行くつもりです。
 こんな私たちですが、これからもよろしくお願いします。

(この文章は『こぶし』平成27年4月号に掲載されました)

©️ AZUMA, Hideo  2013

©️ NPO法人 練馬断酒会