本人体験記 ①
M.O
『断酒は鈍行列車の旅』
会員

お蔭様で来月の7月で15段のお免状を頂く予定となりました。現在、身体も健康、仕事も順調で、子供の頃から夢だった大学の社会人大学院に通うなど、入会当時には想像も出来なかった様な自分にとって明るい光景が目の前に拡がっております。これも練馬断酒会にお世話になったお蔭であると感謝し、会員の皆様にお礼申し上げます。

 

思い出して見ると、学生時代、博多で飲みだした酒は自分の人生においてだんだんとマイナスになっていった様に思います。酒を覚えて直ぐに大酒飲みになり、中洲で水商売のアルバイトをしながら、仕事が終われば飲み歩き、明日のことも考えずに今日を砕け散る日々。21歳には既に歩けなくなる位体を壊していました。それから、改心し大学を卒業し就職しましたが、酒は止められず、また学生時代のつらい挫折を引きずって生きていました。

 

28歳位から、飲み方がおかしくなり、飲みはじめると止まらない、ブレーキが壊れた自動車の様な飲み方になりました。飲むと記憶を失くしたり、何かしらの失敗をやらかす様な飲み方になったのです。当時は一晩で池袋のキャバクラを5、6軒ハシゴしたりと常軌を逸した飲み方をしており、心身そして経済的にもボロボロの状態で、暗澹たる荒んだ精神状態の中で生きていました。

 

そして、31歳で断酒会へ繋がり、私は自己再生の道を歩み始めることが出来たのです。

断酒を続けて思うことは、「断酒は鈍行列車の旅」だということです。断酒の道に特急列車は無く、「一日断酒」を積み重ねて、一駅一駅進んでいく以外の道はありません。しかし、その「一日断酒」の地道な積み重ねは、着実に人生を変えて行きます。私の場合も健康の回復、仕事での前進、少年期からの夢の実現など、様々な人生の再生を経験することが出来ました。断酒という鈍行列車の車窓から見える風景には喜びや楽しさもあるのです。私も昔は長く、暗いトンネルの中を長く走っていた様に思いますが、現在は楽しい風景、そして明るい景色が増えて来た様に思います。

 

これからも、地道に「一日断酒」を積み重ねながら、断酒という鈍行列車の旅を、急がず焦らず、続けて行こうと思います。車窓から見える人生の景色を楽しみながら。これからも皆様ご指導ご鞭撻の程よろしくお願い申し上げます。

 

 

(この文章は『こぶし』平成29年9月号に掲載されました)

©️ AZUMA, Hideo  2013

©️ NPO法人 練馬断酒会